小町通りに七夕飾りがくくりつけられていた。雨が多い季節に対応し、飾りは紙ではなく、樹脂製になっていた。それは短冊も同じで、鎌倉駅近くにも願い事を書いた樹脂製の短冊がたくさん吊るしてあった。外国語のメッセージも書いてあったが、きっと彦星・織姫はすらすらと読んでくれるに違いない。七夕の日に、鶴岡八幡でもイベントをおこなうそうだ。
明月院のアジサイ
2008年06月28日 鎌倉市
アジサイと言えば北鎌倉は明月院。梅雨の季節に入り、今年は涼しい日が続いたおかげで、6月末の今でもアジサイの花の状態はよろしかった。撮った中から選んで久しぶりに Google Picasa アルバムを作ってみた。アジサイに誘われたのか、鎌倉には行楽客がわんさと押し寄せていた。車も多かった。多すぎて、踏切に立ち往生する車でも出てくる始末で、帰りの横須賀線は、そのせいで数分遅れた。
二ケ領用水
2008年06月27日 川崎市高津区(26日撮影)
徳川家康が命じて江戸時代の初め頃に多摩川の南側、稲毛領と川崎領を潤すために長い農業用水路が作られた。それが二ケ領用水。それが今も残っていて、久地円筒分水から武蔵小杉まで用水路に沿って歩くことができる。緑もあれば柵だけのところもあり、気合をいれた親水公園風の箇所もあり、たった9kmの間にいろんな表情を見せる。地図の上ではさらに鹿島田まで続いているようだ。
久地円筒分水
2008年06月26日 川崎市高津区
今日のデイリーポータルZに円筒分水の記事が出ていて、思い出したのは川崎は久地にある円筒分水だった。15年以上前、当時の勤め先の武蔵新城の近くにあった独身寮に住んでいた頃、一度尋ねてみたことがある。あれから随分と経つ。二ケ領用水が今どうなっているかも気になって、用事の帰りに遠回りしてよってみた。回りが宅地開発が進み、円筒分水も補修されていた。
取り壊される上屋
2008年06月25日 横浜市中区(23日撮影)
横浜税関の荷揚げ倉庫だった東西上屋倉庫の片方は既に撤去されてしまい、屋根に大きく書かれていた「東西上屋倉庫」の文字はGoogle Mapsに残すだけになってしばらく経つ。残っていた方も取り壊されている真っ最中だ。
スライドドア
2008年06月24日 横浜市西区
今日の夕方、横を通ったら、ランドマーク・プラザの回転ドア跡の囲いが撤去されていた。真新しいスライドドアが使えるようになっていて、人が出入りしていた。スライドドアは開口部の大きさからはアンバランスな印象を受ける狭い平らなものがついていて、両側のドアの戸袋の部分もガラスになっている。戸袋を挟むようについている柵は保護用なのだろう。
回転ドア跡
2008年06月23日 横浜市西区(19日撮影)
六本木ヒルズの自動回転ドアに男の子が挟まれて亡くなった事故があったのは2004年3月のこと。その後に、類似のものを備えていたランドマーク・プラザも回転ドアを使用禁止にして封鎖していた。長らくそのまま封鎖されたままだったのだが、ようやく工事がおこなわれて、回転ドアが回っていたガラスの円筒状の小部屋の両側にスライド式のドアが取り付けられた。工事は終わっているようなので、もうじき供用されるのだろう。